近くば酔って目にも旅心

2020年6月13日 (土)

神奈/箱根湯本 お宿の再開

Photo_20200613174101 コロナウィルスの影響で休業していた箱根湯本温泉のホテルが、営業再開で県内業界関係者に、感染予防対策の検証と、従業員のウォーミングUPという目的で、優待料金を設定してくれたので、県内移動なら良いだろうとさっそく行ってきた。入口で検温、手の消毒、フロントの飛沫防止パネル、夕・朝食の提供方法など、安心第一の対応はほぼ申し分なく、ワタクシも良い勉強になった。何よりも久しぶりの露天風呂がサイコー! さて梅雨入りの曇天で、来るときは雨でも影響がない、茅ヶ崎の熊澤酒造と併設のパン屋「mokichi bakery」に寄ってきたので、帰りも元箱根のパン屋「Bakery&Table箱根」に寄って、御殿場経由で帰宅することにしたのだけど、畑宿あたりから強風&濃霧で真っ白け。こんな天気で営業してるのか?と着いてみれば、そうしゃるでぃすたんすを守って、レジ待ち行列がこのとおり。窓の外はすぐ芦ノ湖畔だけど何も見えない。御殿場でもついでだからと和菓子の「とらや工房」に寄る。帰るときになってここは静岡県だったと気がついた。今回のパン店の感想は2店とも「ふつうに美味しい」。

(ホームページのTopicsに、感染対策お宿レポートを載せました)


2020年2月23日 (日)

佐賀/SHIME&西海 嬉野-2

Photo_20200223114101 ライブの翌日は「有田焼窯元通り・陶山神社~祐徳稲荷神社~鹿島肥前浜酒蔵通り」と巡って佐賀空港までの観光プラン。この伝統的な製陶工程を描いた、「染付有田皿山職人尽し絵図大皿」(重文)は有田陶磁美術館に飾ってあった。現在まで他には存在が確認できておらず1点モノとのこと。当時の職人の菊練り、ろくろといった作業や、管理職や社長?と思われる姿もあり、じっくり眺めているとなかなか面白い。人気TV番組「ブラタモリ」の有田編でも紹介されたそうだが、ワタクシ残念ながら見逃しで再放送に期待。はるか昔の有田来訪を思い出し、何時だったか調べたら、昭和50年8月で実に45年ぶりだった。その時一つ10円で買った2匹の小さな小さな猫の置物は、今でもワタクシの机の上で元気にしているので、皆さんが今回買われたものも、長く愛用されることを願っています。


2020年2月22日 (土)

佐賀/SHIME&西海 嬉野-1

Photo_20200222215801知人・友人お客さまとなっている、成人病専門のクリニックTN医院長から「SHIMEと西海のライブを、故郷の嬉野温泉で実施するので、東京から聴きに行く皆さんをツアーでまとめて欲しい」と、昨年末にご依頼があり、今のところまだTNさんお客さまのワタクシは、楽しそうなのでハイハイと引き受けたのでした。当日は佐賀空港から皆さんと嬉野温泉入り、お昼は温泉どうふの有名店「よこ長」。ヨコナガではなくよこちょう。すんごく美味い!が、ずうずう啜ったにもかかわらず、悔しいことにワタクシの舌では出汁が分析できず。なんだろうあの旨さのベースは…悔しいなあ。で、会場は旅館・大村屋さん、着いてびっくりの金屏風にお座敷ときた。来場者は立ち見を含めて160人ほどで超満員。座敷のベタ座りは腰が辛かった…けど、がんばって聴いた演奏と歌はとても良かった。しかもその後の東京組だけの二次会は、シャレオツなBarで飲み放題のご歓待!これでは文句は言えません、が、しかしですね、次回はぜひともイス席でお願いしたい…。


2020年2月19日 (水)

東京/商店会 防災バス研修

Aed-2 来店お客さまに緊急事態が!という場合に備えて、胸骨圧迫とAED操作法をお勉強。今年はAED、消火器、煙避難、地震体験の4つ。大事なのは大声で周りに知らせること。商店街のどこにAEDがあるか知らないという喫緊の課題も見つかり、マップを作って配布しようという意見が出た。企画したワタクシとしてそういうお役立ちはとても嬉しい。ランチの後は、商店街視察と称したお買物散策、今年は巣鴨地蔵通り商店街へ。高岩寺(とげぬき地蔵)へお参り後、塩大福みずの、パンのタカセ、あんぱん喜福堂などへご案内。意外にも月曜日だというのに来訪客が多く、お昼時のときわ食堂には行列ができていて、バスの運転手サンはここでお昼を食べる計画が頓挫、残念でしたね~。帰りがけにサントリービール武蔵野工場へお立ち寄り。無料でプレミアムモルツ・マスターズ ドリームが飲めて、皆さんにこにこ満足で一日研修が終了。


2020年1月29日 (水)

福島/帰還ミッション完了!

Photo_20200129223101 コロナウィルスの渦中にある武漢在住邦人が、今朝9時にチャーター機で帰国したが、ワタクシの帰還ミッションはそんな人道的なものではなく、昨年10月末に転んで右肩を骨折した、会津若松の義母93歳の婆サマ。地元センセーのご託宣は、「東京の3人娘に回復までメンドーを見てもらえ」と言うもので、正月をまたいだ3か月、川崎・すずかけ台・当宅をたらい回しとなっていたが、予定の3月を待たずにすっかり元気になり、食欲旺盛・悪口雑言から、終いにはワタクシの母の墓参りに行ってはしゃいで、転んで頭から血を流すに至り、「いいかげんにもう帰れ!」と言うことになり、車があって何とか時間が作れるワタクシに、乗せて還すという使命が下ったのだ。が、来てみれば真冬だというのに雪はなし。ここぞとばかりに、クマが出ると脅されていた東山温泉「羽黒山湯上神社」に詣でてみた。ここは階段好きにはたまらない1225段があり、熊本の3333段、本家羽黒山神社の2446段、琴平神社1368段に次ぐ、登段歴第4位となったのでした!頑張っての往復1時間。現在少しばかり筋肉痛であります。


2020年1月15日 (水)

神奈/菜の花・吾妻山

20_20200115224201 当社"たこつぼ俱楽部"会員、初春バスたびのお題は「菜の花/吾妻山と大磯/左義長」。左義長については昨年書いたので、菜の花まつりが始まったばかりの吾妻山と猫の写真を載せる。1週間前の天気予報ではこの日だけが雨模様。昨年続いた辛い出来事とともに、ついにお天気運も尽きたかと思いきや、どっこい薄曇りの一日でほぼ傘なしノー問題。夜の豪快に燃え上がる左義長の火を浴びた厄落としで、気持ちも新たに元気が出た気がする。で、JR二宮駅前にそびえる標高136mの吾妻山へは、駐車場から徒歩40分かかるがほぼ階段がない道と、300の階段はあるが20分で展望台まで到着できる道があるのだけど、皆さんにはゆっくりのんびりマイペースで300段を上ってもらった。残念ながら富士山は望めなかったけど、手前の丹沢・箱根の山々、相模湾、初島、伊豆半島を眺めながら、お弁当タイムを含めての90分。寒すぎず暑すぎずの薄日射す吾妻山で、気持ちほっこりのネコさまと菜の花であります。


2019年11月14日 (木)

神奈/コバンザメの小判

Photo_20191114223101 曇り一時雨の予報を覆し、晴天に恵まれた11月8日(金)の三浦半島。午前中は「JA直売所すかなごっそ」→「ソレイユの丘」を巡る。昼食は毎回お客さんから「マグロが多くてゴハンが足りない」と、クレームがつく美味マグロの漬丼。「それならゴハンを貰えばいいじゃないですか」と言うと、「そんなには食べられない」と、まことにゼイタクな文句が出るお薦めの店だ。午後は海鮮市場うらりでお買物、城ヶ島で海を眺めてから、この歳になると孫とでもない限り、来ることはない油壷マリンパークへ。昭和43年(1968)に、県立三崎水産高校の跡地に建てられた施設だが、その前は海軍潜水学校だった。戦時中はこの湾で、人間魚雷回天の訓練も行われたと聞く。そしてさらにその昔は、北条早雲に攻め込まれて激戦地となった、武将.三浦道寸(義同)の新井城があった地でもある。何はともあれ、コンパクトながらなかなか充実した水族館だ。こんなにじっくりと、きゅうばんコバンを観察したのは初めて。やっぱり地下足袋の裏にしか見えない。


2019年10月26日 (土)

栃木/大谷資料館

19_20191026230801 うまいこと台風から逃げた、10月のご一緒仕事。9-10の晴天に続き、20もナイスなお出掛け日和となった。地元自治会さんの日帰り企画は、栃木・宇都宮の大谷資料館がメインだったのだけど、台風19号の河川氾濫で18まで休館となり、19から再開予定にほっとする。ただ、手前の道路が冠水破損したので、大型バスは反対側から、ぐるりと回り込むことになった。何より心配したのは大谷石の地下採石場に、大量の水が流れ込んだのではないかと言うこと。大谷石は穴ポコがたくさんあるので、内部は水没しているのではと思ったが、聞くと水はあまり通さないそうで、地下に溜まっている水もポンプで排出するそうだ、ちょっと意外。ブログを遡ってみたらここには2015年9月に来ている。記事にしなかったけど2018年にも来ている。最初に来たのは学生の頃(45年前?)か、通路には裸電球がぶら下がっていた。よもやここで音楽ライブ、映画撮影、生け花展、が行われるようになるとは考えもしなかった。


2019年10月15日 (火)

長野/松代・象山地下壕

Photo_20191014225701 またしても各地に甚大な被害を残した台風19号。この仕事をしていると悩ましい自然災害だ。仕事直撃は痛い出来事だけど、運よく逃れても浮かれたブログは書けないし、ましてやお世話になったことのある、各地の惨状を見るのはとても辛い。てなわけで前日までの雨模様と台風に挟まれて、快晴の旅日和だった10/9-10の二日間、久しぶりの長野へご一緒仕事。泊りは予約が取れないと噂の(そんなことはないんだけど)秘湯・仙仁温泉「花仙庵 岩の湯」。翌日は皆さん行ったことがないと言うので、戦況怪しかりし昭和19年、本土決戦に備えて大本営と天皇のお住まいを移そうと、9ケ月の突貫工事をしたものの、未完成のまま終戦となった、十数キロにわたる大地下壕「松代・象山壕」をご案内してきた。帰って翌11日はペルー・マチュピチュへのJL便が無事離陸。12日の台風襲来を挟んで、13日のCX香港便も遅延ながら無事離陸。お仕事のペケ無しでやれやれと安堵するも、先日松茸料理を食べた(ワタクシとドライバーはカレーライスだが)上田市が、千曲川の氾濫で目も当てられない惨状と知る。千葉や茨城や福島などの被災地も、一度ならず行ったことのある場所だけに、こうしてPCに向かったまま、何もできない旅行屋稼業、なんとも歯がゆい。

 

 

2019年10月 5日 (土)

セミナー「カリフォルニア東京」

19clf-smnrカリフォルニア観光局主催のセミナー。見渡すと大手旅行会社のプレートを付けた若者ばかり。かつて1976年(昭和51年)に創刊された雑誌「POPYE」は、1970年代後半のアメリカ西海岸の文化・スタイルを多く紹介していて、ブルーグラス音楽やアイビーファッションにはまっていた大学生のワタクシは、この「西海岸」というワードにすっかり魅了されてしまったのだった。その後、イーグルスのホテル・カリフォルニアを聴いて感動し、就職した旅行会社が主に扱う航空会社が、サンフランシスコ・ロサンゼルスに就航していたこともあって、「待ってろよ!青い空、白い雲、カリフォーニア~」などと日々叫んでいたが、実際には西海岸へ行くのは先輩で、下っ端は台湾や、香港、バンコクなどの、当時は客層が今ひとつなところへ行かされるのが常であった。当時はLAX/SFO/HNLを9日間で巡る"西海岸&ハワイ"がハネムーンの王道でもあった時代。ワタクシもハネムーンは、航空券とホテル予約だけで行くLAX/SFO 9日間にした。英語もろくすっぽ話せないのに、見栄を張ってツアーで行かなかった結果は、今となってはあまり話したくない。


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