近くば酔って目にも旅心

2018年7月 7日 (土)

インドネシア-3/バリ島・ウブド

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バリ島には3回来ているけど、お泊りはクタ、レギャン、サヌールとビーチ沿いばかり。キンタマーニ観光の途中で立ち寄っていた、芸術の村「ウブド」には、箱根のような鄙びた山あいに、シャレオツな宿がたくさんあって、かつてはさも泊まったことがあるような絶賛ぶりで、ずいぶん送客をしたものだが、あれから30年を経た今日、ワタクシの記憶とはまるで違う村になっていた。小ぎれいなカフェやブランドショップが建ち並び、まるで軽井沢のようだ。たまたま昔を知る現地ガイドだったが、何を聞いても「はい、その頃ここ密林でした」、「はい、ここ泥道でした」、「そうです、そうです、よく憶えてますね」と言うばかりで、まるで浦島太郎に毛が生えた感じ。本来は2泊滞在のはずが1泊になり、ウブド散歩も半日に。もっとゆっくりできれば、今の良いトコロもたくさん発見できたはずと思うと、まことに残念。こんなんなっちゃったけど、でもやっぱりウブドはお薦めです。

インドネシア-2/ジョグジャカルタ

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ボロブドゥールと、プランバナンの遺跡を見学後、デンパサールへ飛ぶはずが、アグン山の噴火煙の風向きが悪くて、空港閉鎖になってしまった。2泊目なので今度は遺跡近くではなく、市街地のホテルに泊まることにして、翌日の午前中は空港に行く13:00まで、王宮や露店マーケット通りを散策。イギリス、オランダと統治が変遷したこともあって、コロニアル風の建物や、昔ながらの風景がまだたくさん残っている古都ジョグジャカルタは、目にする景色すべてがワタクシ好みだった。聞くところによるとバリ島のヒンドゥー文化(同じインドネシアでもバリ島だけは、ヒンドゥー教が多勢を占める)は、その昔、ジャワ島のイスラム勢力が強大になって、王族や僧侶がバリに逃れたからだそうだ。庶民の生活が垣間見える、小さな裏路地もそれほど心配はなさそうだし、何より物価がメチャンコ安かった!いずれゆっくり再訪したい。

インドネシア-1/ボロブドゥール

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およそ50年(と考えられている)をかけて造られたのに、1000年以上ものあいだ、土砂と密林に埋もれていて、1814年に土中から掘り起こされるまで、歴史から消え、人々からも忘れ去られていた、ジャワ島にある世界最大の仏教遺跡です。とにかく謎だらけで、小山のように埋もれていたのは、ムラピ山の噴火埋没によるものとする一方で、土台の土と覆っていた土砂が同じであることから、完成して人為的に埋められたとする説も。建造法も石を積み上げただけで、中にピラミッドのような空間はない。また積み上げる途中で、補強が必要になったらしく、内側に最初の外壁となった基壇が存在していて、現在、この二重構造が一部だけ見られるようになっている。この最下層のレリーフは、煩悩に支配された「欲界」の人間どもで、享楽に対する「因果応報」がテーマらしい。見ると酒を呑んで踊ったりするのもダメなようだが、やっぱり楽しそう。ずっと煩悩に支配されててもいいや。

2018年6月18日 (月)

山梨/新倉山浅間神社398階段

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6 /16-17「朝霧ブルーグラスフェスティバル」だったが、今年はメンバーの予定が合わず、ステージでの演奏はしなかった。ずっと雨or曇りで、17日にてっぺんだけ見えた富士山も特段のインパクトはなし。てなワケで16日に階段好きのワタクシが寄り道した、「新倉山浅間神社」をネタにする。ここは初訪である。訪日観光客がニッポンらしい風景を求めて、桜の季節に大挙して来ていると、雑誌やWebで紹介されるまで、こういう景色が望める神社があるとは知らなかった。で、よく紹介される「桜、五重塔、富士山」の写真が右上のもの。この日はあいにくの曇り空で、富士山も見えず桜も咲いてはいないが、来訪者は中国、タイ、イスラム圏らしき方々ばかり。日本人は、おっさん5人組と、戦没慰霊五重塔(仏塔ではない)に、お花を供えに来た老夫婦くらい。ちなみに398段は富士山(浅間)の神様、「木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと」からとのこと。雪が降った翌日にでも来てみたい。

2018年6月10日 (日)

静岡/秋葉山可睡斎

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6/9(土) 9ヶ月ぶりの秋葉山可睡斎。隣接の「ゆり園」が見頃とあって、狭い周囲は車と歩行者でそこそこ渋滞。お天気上々ながら暑さで汗も噴き出すお昼時。いつもどおり美味しい精進料理をいただいてから、修行僧Fさんの案内で諸堂を拝観。何回か来て気がついたのだけど、「家康が和尚睡る可と言ったから」という、名称由来のキモだけ押さえれば、決まった説明マニュアルはないらしく、毎回の説明が新鮮で楽しい。加えて此度は初めて、ご祈祷を間近で体感することが出来た。なんでもご祈祷の太鼓は、宗派・お寺によって打ち方が違い、右手の1打音に合わせて1文字お経を唱えるので、とても難しいのだそうだ。("落語家の出囃子みたいですね"と言いかけてヤメた)。「左奥で太鼓を叩いている修行僧は、ブラジルから来たお坊さんで、とてもリズム感が良いので、日を経ずして大抜擢されたそうです」と、来てまだ2ヶ月という修行僧Fさんが教えてくれた。

可睡斎の祈祷太鼓 (YouTubeへリンク)  https://youtu.be/ERFRXFSOc-8

2018年5月29日 (火)

青森-2/陽光新緑の奥入瀬

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十和田湖には3回訪れている。最初は昭和47年の夏、ワタクシはまだ高校生。同行者は同い年の彼女だった。今でこそ、この年頃の二人旅は珍しくもないけど、当時は大それたことをやらかした感いっぱいで、小田急線のホームにその姿を見た時には、心臓がばくばくしたことを憶えている。「なんて言って出てきたの?」と聞くと、「合宿」とのことだった。陸中海岸・小岩井牧場をもめぐる、夜行3泊6日の長旅だったが、「なぜもっとオシャレな旅先を選ばなかったのか」ということについては、今でも小さな心のキズになっている。あれから46年、とっくに音信不通になっているので、「今はどこでどうしているのかなあ」と、せつない思い出をめぐらしながら、お客さんと一緒に、新緑が輝く「奥入瀬渓流」を歩いていたワタクシです。

2018年5月28日 (月)

青森-1/洋館の城下町・弘前

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5/25-26は、20ン年ぶりの青森ご一緒仕事。青森空港から黒石へ入り、B級グルメ「つゆ焼きそば」付のランチ。黒石駅から弘南鉄道、懐かしの東急7000型に乗って弘前へ。「桜の弘前城」や「津軽三味線」が有名なので、トーホグの純和風の街と思われがちですが、明治維新以降、早くから宣教師を招いて「学都」を目指したため、今でも教会や洋館が多く残り、また近代建築の巨匠「ル・コルビュジュ」の一番弟子だった、「前川國男」の建築8作品も残る、モダニズム溢れる街であり、さらに特産の「りんご」を使った、アップルパイ、タルトタタン、シードルの有名店も数知れずで、意外や楽しみ多い和洋ミックスの街なので。幹事サンが女性だったので、ワタクシもチョーシに乗って、アップルパイ5店を食べくらべ。やはりネット検索上位の2店が別格の美味しさだった。大好きな歪みガラス向かいの鏡面壁に写る、宣教師の住まいに使われていた「旧東奥義塾外人教師館」。

2018年5月16日 (水)

栃木/岩下・新生姜ミュージアム

Muam

先週末は「鬼怒川温泉」。現地集合/解散だったので、行ったことがなかった蔵の街、栃木駅周辺を探訪してみようと、初めて田園都市線/半蔵門線を南栗橋まで乗ってみた。が2時間は…長い。さて、ここはかつてこの形状のペンライトを販売したところ、「見た目がけしからん」と、物議をかもしたことで有名になった「岩下の新生姜ミュージアム」だ。言うまでもなく、右からの箸でつままれる新生姜のオブジェだけど、ぬかりなく顔出し被りモノにもなっているのです。他には「ジンジャー神社」とか、ベッド上に新生姜がある「新生姜ラブラブ部屋」とか、滑りっぱなしの脱力展示ばかり。若いカップルとファミリーが次々訪れていたが、何にでもその意味が必要なシニアには「はぁ…で?」かもしれない。ただ「生姜ソフトクリーム」は思いのほか美味かった。栃木名物の「じゃがいも焼きそば」も食べてB級揃いの一日。

2018年4月27日 (金)

神奈/小峯御鐘ノ台大堀切東堀

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「こみねおかねのだいおおほりきりひがしぼり」と読む、小田原北条氏四代氏政と、五代氏直が、豊臣秀吉の攻撃に備えて築いた、城下町小田原全体を囲む全長9kmの「惣構(そうがまえ)」。その巨大な堀切と土塁の一部を、次回、城址巡りの下見で歩いてきた。この周辺にはこうした遺構がいくつも残っている。掘り下げた土を両側に土塁として積み上げた竪堀は、延長280m、上幅25~30m、深さ12m~15m、のり面斜度50~60度で、途中にダムのような仕切りを設けた、堂々たる「障子堀」だったそうだ。時が経ちかなり浅くはなったが、整備されて今にこの堀切を歩くことができるのは素晴らしい。2月に実施した「三浦半島・後北条氏ゆかりの城址」の総集編として、攻める豊臣秀吉側が陣を張った「石垣山一夜城址」、標高540mの「三島・山中城址」とともに、たこつぼ会員限定で10月に実施予定。

2018年3月24日 (土)

神奈/八冨士見たか登ったか

Hachifuji

春分の日の降雪で、すわ雪山登山になるか!と心配した、23日の「八冨士、見たか、登ったか」バスツアー。出発時の曇天も午後には晴天となり、全員が八冨士登山の大願成就、無事に六根清浄(眼・耳・鼻・舌・身・意が修行の功徳で清らかになること)となった。江戸時代に大流行した富士山を崇拝する「富士講」。それに伴って造られた「富士塚」は、横浜市内だけで大小とりまぜ5~60基ほどあるという。今回はその中からちゃんと登頂できる、八つの富士山(富士塚)、「三保」「岡津」「西谷」「羽沢」「熊野堂」「池辺」「川和」「山田」を巡ったのだけど、小さいながらも足場の悪いところが多く、思ったより足腰に響いた。写真は熊野堂冨士山麓に、タイミングばっちぐーで咲いていた枝垂れ桜と、こういう洒落をわかって参加してくれた下山中の皆さん。

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