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2020年5月

2020年5月30日 (土)

6月1日から店舗再開です

Photo_20200528211701 緊急事態宣言が解除されたので、6月1日からスタッフの出社とともに、店舗を再開することになった。「なった」という言い方自体、まず他人ごとである。ほぼ1か月半も店を開けなかったので、心の隅に「う、めんどくさ」という、怠け虫が住み着いてしまった。閉めていればは好きな時に散歩に行ったり、楽器を弾いたりできたけど、いったん開けてしまえばそうもいかない。だいたいこの状況では当分の間お客さんは来ない。でもそうは言っても旅館・ホテル、貸切バス、観光施設の営業マンは来るだろうし、世間体を気にするワタクシとしては、飛沫感染対策を講じているところも、ホームページで見せねばならない。てなワケで、本日、大きすぎて捨てるつもりだった、ポスターフレームを使ったパーテーションを自作。なかなか見栄え良くできてそこそこ満足。消毒ハンドスプレー、マスクの備蓄も200枚で準備万端よろずOK!さ、どこからでもかかって来なさい。


2020年5月27日 (水)

運動不足なので鎌倉みち

Photo_20200518120501 青葉区は古来より矢倉沢往還(大山道)と、鎌倉みち(中道)が交差する旅の要所だった。4年ほど前に「畠山重忠と鎌倉みち」というバスツアーを実施したこともあり、いつか自分の足で名残のある場所を訪れたいと思っていたので、緊急事態宣言のそろそろ解除を前に、思い切ってトライしてみました。鎌倉みちの特徴は「河川なければ遠回りでも尾根優先」ということ。上り下りの疲労軽減のためだろうか。さてまずはR246を宮前区との境「峠の茶屋(今はコンビニ)」まで歩き、大山道と重複するここをスタートとする。牛久保の住宅街を抜けてニトリ港北NT店付近~老馬鍛冶山不動尊・霊泉の滝~荏田下宿・庚申塔(早渕川)~荏田南の尾根道~江田高校横~泉天が谷公園~川和高校前~横浜上麻生線の手斧橋~川和宿~川和・精進橋まで(鶴見川はここで渡船だった)。もちろんここからも歩いて帰宅して全行程2.1万歩。ワタクシの距離計算式は(身長172×0.45×21,000歩÷100,000)なので、当てはめると約16km、さすがに疲れた。江戸時代の街道旅では、成人男子で10里(約40km)、女・老人でも7里(約28km)を毎日歩いたらしい。昔の人は健脚です。


2020年5月22日 (金)

運動不足なので赤田西古墳

Photo_20200518164401 図書館が休止する前に借りた本が1冊手元に残っていて、ホームページには6月14日まで返却延長とあったものの、なんだか邪魔くさくてBOXへ返却に行く。ついでに何十回も前を通っているのに、今まで見たことがなかった「赤田西古墳(移設復元)」へ立ち寄ってみた。元々は江田駅の交差点から、あざみ野駅へ向かう道の途中(現在の洋菓子店/金のフライパンの裏辺りか)にあったものだそうだ。稲荷前古墳がある鶴見川沿い大場町から、市ヶ尾、荏田、あざみ野からセンター南まで、この一帯は広範囲に古墳だらけで、その一つである荏田の赤田古墳群は、早渕川沿いの東西に位置する、赤田谷戸と呼ばれた場所に点在していたとある。ワタクシが移住してきた昭和45年(1970)頃、あざみ野駅はまだ出来てなかった。市ヶ尾の横穴古墳跡(当時は未整備でただの穴)から、笹やぶのくねくね道を登っていくと、鳥料理店(お狩場焼き)があって、さらに今のみすずが丘を経由して、ユニクロの辺りまで出てこれた。と、ここまで書いて「住んで今年で半世紀」と気がついた。


2020年5月17日 (日)

運動不足なので都筑の緑道

Photo_20200516212501 当宅から歩いて10分ほどで越境できる隣の都筑区には、とても雰囲気の良い全長15kmにおよぶ、車道通らずの緑道が整備されていて、以前から走ったり、歩いたりでありがたく利用している。で、ここはその緑道の鴨池公園近くの合流点付近。新緑とキラキラ光る木洩れ陽が、コロナの鬱々をいっとき忘れさせてくれる。正面へ進むと川和冨士を経て、佐江戸へ向かう「ゆうばえのみち」で、背面左手が茅ヶ崎公園を経て、仲町台駅へ向かう「ささぶねのみち」。今回は背面右手の、秋になると紅葉が美しい心行寺近くを通って、中川駅や牛久保公園や、茅ヶ崎城址へも行かれる「やさきのみち」の一部を歩いて、2年ほど前にセンター南に開店、美味しいと評判の「ブーランジェリー・パティスリー・トレトゥール アダチ」というパン屋さんへ行ってきた。歩いた距離もお店の名前も長いです。ちなみにこのお店のワタクシのお薦め度は、新石川の「ベッカライ・徳多朗」と同レベルの★五つ!


2020年5月13日 (水)

運動不足なので上恩田冨士

Photo_20200510163701 これはお墓ではありません。先日に訪れた神鳥前川神社の富士塚が、下恩田の富士塚を移設したものと知り、それなら上恩田冨士は?と調べたら、桂台公園近くの住宅街に、塚はなくなったものの石碑だけ残っていることがわかり、ちょっと遠かったけど往復12kmがんばってみました。この富士塚がどのくらいの高さに盛られていたのか不明だけど、場所と向きは当時のままとのことで、一番奥の祠が塚の頂上にあって、手前の手水鉢までの真ん中に参道があり、それはそのまま(冨士山が背中方向というのは珍しい)ほぼ直角に、鎌倉道に接続していたらしい。石碑裏の文字は判読が難しかったけど、表の「元祖 食行身禄」や「御室淺間宮」「小御嶽石尊大権現」などはハッキリ読める。また手水鉢には山笠の下に冨の字があり、ヤマトミ講とでも読むのだろうか。しかしこれだけ残っているのだから、いつか整備保存されると良いなあ。近くの桂台公園に富士塚のような高台があったので登ってみたけど、ここからも住宅や樹々で冨士山は望めなかった。


2020年5月 9日 (土)

本/本能寺の変 431年目の…

431 コロナの自粛生活でNHK大河「麒麟がくる」を観る余裕ができた。昨年、信長の安土城跡に行ったこともあり、毎回楽しみにしている。合わせていつ初読か忘れたけど、奥付2014年とある「本能寺の変 431年目の真実」を読み直した。著者は"明智憲三郎"、光秀の子・於寉丸(おづるまる)の子孫とのこと。もちろん明智の子孫とはいえ、新たに光秀の遺言文書や、肉声録音が発見されたなどということではなく、信長の側近が書いた「信長公記」や、秀吉が書かせた「惟任(光秀のこと)退治記」などを詳細に読み込み、著者の推測と突合せて構築した、歴史推理小説のようなものだ。が、だからこそ面白い。一般的には信長のイジメにぶち切れた光秀が、「信長め!倍返しだ」というストーリーで知られているけど、子孫としては「そんな恩知らずではない」と、そうなった理由をわかりやすく述べている。ワタクシも逆恨みで謀反はちょっととは思うが…結局、真実は謎のまま。ところでコロナの影響で、現在「麒麟がくる」は撮影がストップしているらしい、何ならも一回アタマから放映してくれても良いけど。


2020年5月 6日 (水)

運動不足なのでせせらぎ緑道

Photo_20200506120801 困ったことに毎日がゴールデンウィークになってしまった、今年5月5日の「こどもの日」。せっかくの晴天だったので、買い物がてら「谷本せせらぎ緑道」へ行ってみた。鶴見川沿いは、休日ランナーやウォーカーが予想以上に多くて敬遠。かつて車や粗大ゴミが投棄されていた、田園都市線沿いの青葉自動車学校までの道は、今ではきれいに整備されて、せせらぎでは多くのお父っあん、おっ母さんとお子さんがザリガニ釣りをしていた。大岡山に住んでいた中坊の頃、東工大の池で(無断進入)毎日のように釣っていたことを思い出した。懐かしいけど今では小学校低学年までの遊びのようだ。JAハマッ子直売所が営業しているようだったので、地元野菜を買って帰ろうと思っていたのに、すっかり忘れて千草台の杉山神社へ向かってしまった。少しうわの空だっただけで、けっして徘徊の始まりではないよ。


2020年5月 3日 (日)

運動不足なので前田養鶏場

1_20200430210801朝からとくにやることもなく、ネットニュースをちょろちょろ見ていたら、「コロナウィルスの影響で受注減、ゆで卵を5/11まで無償配布/前田鶏卵」とあった。つい先日には運動不足解消の目的地として選んだ場所だったので驚いたが、まず思ったのは「いやいや密自粛の今、そんなことしたらダメでしょ!」だった。が、しかし何かヘンだと、よく読んだら"沖縄タイムス"とあって、なんと那覇市の前田鶏卵のことだった。なあんだとひとり笑ったが、困ってるのは同じだろうと前田養鶏場へ電話をしてみたら、「生むのは止められない、たくさんある」とのことだったので、鶴見川沿いに往復7km歩いて、生みたて卵1,000円分と茹でタケノコを購入してきた。かつての親しみある看板は新しくなっているのに、×××な販売小屋は昔のままで少しびびる。帰ってさっそく卵かけごはんで昼食。深い味わいで旨し!あちこち配ったりしたものの、まだ8個が冷蔵庫に。釜玉うどん、生玉パスタ、ニラ玉と…まだまだ美味し。


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