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2019年10月

2019年10月28日 (月)

再々復活!オージン・バンド

191024-rtp リーダー・ジンさんが復活!と勢いづいた4月。直後にまた体調不良で休養してしまったので、また6か月間はノージン・バンドに逆戻りだったけど、メデタク10月24日にロッキー・トップのライブで再登場となった。この日は珍しくもワタクシと同業の、K浜さん率いる「ロンサム・グラスボーイズ」が対バンド。お客さんはラグビーのイングランド戦を見に来日したという、エゲレス人3人をはじめ10人ほどご来店。ガイジンを前にした英語ウタのビビリもあって、ほど良い緊張感の中での演奏と歌は、そこそこの出来だった。思い返せばワタクシがこの店でジンさんと出会い、当時のバンドに加わることになって概ね35年。今や他のメンバーも、ほぼ同年齢の爺々バンドだ。始まる前にどっちが先攻かで、古希ライン上のリーダー同士で軽く応酬があったのだけど、少しだけ年上で早く帰りたい、ジンさんの押し切り勝ちとなった。


2019年10月26日 (土)

栃木/大谷資料館

19_20191026230801 うまいこと台風から逃げた、10月のご一緒仕事。9-10の晴天に続き、20もナイスなお出掛け日和となった。地元自治会さんの日帰り企画は、栃木・宇都宮の大谷資料館がメインだったのだけど、台風19号の河川氾濫で18まで休館となり、19から再開予定にほっとする。ただ、手前の道路が冠水破損したので、大型バスは反対側から、ぐるりと回り込むことになった。何より心配したのは大谷石の地下採石場に、大量の水が流れ込んだのではないかと言うこと。大谷石は穴ポコがたくさんあるので、内部は水没しているのではと思ったが、聞くと水はあまり通さないそうで、地下に溜まっている水もポンプで排出するそうだ、ちょっと意外。ブログを遡ってみたらここには2015年9月に来ている。記事にしなかったけど2018年にも来ている。最初に来たのは学生の頃(45年前?)か、通路には裸電球がぶら下がっていた。よもやここで音楽ライブ、映画撮影、生け花展、が行われるようになるとは考えもしなかった。


2019年10月22日 (火)

K.Walker & 有田サン・岸本サン

Keiari-kis-bit 10月16日の曙橋BACK IN TOWNへ、今年1月にあったベリーナイスなLIVEの第二弾へ行ってきた。ケイコちゃんについては前回書いたので、今回はブルーグラスをルーツにするプロミュージシャンの双璧、有田純弘サンと岸本一遥サンのことを少し。と言ってもお知り合いになったのは、そう昔のことではない。それでも飛びぬけて上手だったので、以前から各地のフェスで演奏があると真剣に聴いたものだ。有田さんはバンジョーとギターが主で、バークリー音楽大学で学び、1985年には全米ナショナルバンジョー・チャンピオンシップで優勝している。岸本さんはフィドル(マンドリン、ギターもだけど)を弾く。が、それ以上のことは知らない。この次までに、知るヒトに聞いておこうと思う。映画・テレビCMなどで、これらの音が聴こえるときは、お二人が弾いていることが多いのだけど、なんでこんなにエキサイティングに弾けるんだろう。ワタクシにその才能がないことはわかっちゃいるけど、その片鱗にはあやかりたい、精進、精進、精進と3べん唱えてみる。

http://www.hiroarita.com/index.htm 有田純弘サン

https://ja-jp.facebook.com/ichiyo.kishimoto 岸本一遥サン

 

 

2019年10月15日 (火)

長野/松代・象山地下壕

Photo_20191014225701 またしても各地に甚大な被害を残した台風19号。この仕事をしていると悩ましい自然災害だ。仕事直撃は痛い出来事だけど、運よく逃れても浮かれたブログは書けないし、ましてやお世話になったことのある、各地の惨状を見るのはとても辛い。てなわけで前日までの雨模様と台風に挟まれて、快晴の旅日和だった10/9-10の二日間、久しぶりの長野へご一緒仕事。泊りは予約が取れないと噂の(そんなことはないんだけど)秘湯・仙仁温泉「花仙庵 岩の湯」。翌日は皆さん行ったことがないと言うので、戦況怪しかりし昭和19年、本土決戦に備えて大本営と天皇のお住まいを移そうと、9ケ月の突貫工事をしたものの、未完成のまま終戦となった、十数キロにわたる大地下壕「松代・象山壕」をご案内してきた。帰って翌11日はペルー・マチュピチュへのJL便が無事離陸。12日の台風襲来を挟んで、13日のCX香港便も遅延ながら無事離陸。お仕事のペケ無しでやれやれと安堵するも、先日松茸料理を食べた(ワタクシとドライバーはカレーライスだが)上田市が、千曲川の氾濫で目も当てられない惨状と知る。千葉や茨城や福島などの被災地も、一度ならず行ったことのある場所だけに、こうしてPCに向かったまま、何もできない旅行屋稼業、なんとも歯がゆい。

 

 

2019年10月12日 (土)

和田誠さん逝く

Photo_20191012222901 和田誠サンが亡くなった。正直なところご本人については、あの平野レミさんの旦那さんで、長男の嫁が上野樹里であるという以上のことは、ワタクシあまり詳しくは知らない。それでも旅の師だった、永六輔サンの本に挿絵を書いていたり、NHKみんなのうたのアニメーションに携わったことは知っていたので、気になる存在ではあった。今日は台風19号襲来で家にカンヅメだったので、ちょうど良い機会と、初監督作品だった「麻雀放浪記」を、棚の奥から引っ張り出して鑑賞。タバコは吸うし、マッチは投げ捨てる。ヒロポン注射も打てば、麻雀は現金精算。今の映画倫理では絶対に出来ないシーンのオンパレードで笑ってしまう。読書の師、故内藤陳サンも"おりん"の役でご出演。1984年の作品だから35年前か…ご存命の皆さん、なんだかあまり変わってないような気がする。ちなみに麻雀放浪記2020は観ていない。クスリは映画の中だけにしないとね。

2019年10月 5日 (土)

セミナー「カリフォルニア東京」

19clf-smnrカリフォルニア観光局主催のセミナー。見渡すと大手旅行会社のプレートを付けた若者ばかり。かつて1976年(昭和51年)に創刊された雑誌「POPYE」は、1970年代後半のアメリカ西海岸の文化・スタイルを多く紹介していて、ブルーグラス音楽やアイビーファッションにはまっていた大学生のワタクシは、この「西海岸」というワードにすっかり魅了されてしまったのだった。その後、イーグルスのホテル・カリフォルニアを聴いて感動し、就職した旅行会社が主に扱う航空会社が、サンフランシスコ・ロサンゼルスに就航していたこともあって、「待ってろよ!青い空、白い雲、カリフォーニア~」などと日々叫んでいたが、実際には西海岸へ行くのは先輩で、下っ端は台湾や、香港、バンコクなどの、当時は客層が今ひとつなところへ行かされるのが常であった。当時はLAX/SFO/HNLを9日間で巡る"西海岸&ハワイ"がハネムーンの王道でもあった時代。ワタクシもハネムーンは、航空券とホテル予約だけで行くLAX/SFO 9日間にした。英語もろくすっぽ話せないのに、見栄を張ってツアーで行かなかった結果は、今となってはあまり話したくない。


2019年10月 1日 (火)

鬼ヶ城ブルーグラスFes'

19bgfs 煮詰まった忙しさから少し逃避しようと思い、前々からどうしようか迷っていた、福島のブルーグラスFes'へ独りで行ってみることにした。覚悟はしていたが遠い…。磐越道の小野ICから、舗装とは言えクネクネ山道を30分。やっと着いたかという会場だったが、思いのほかとても良い環境でびつくり。知り合いも多く来ていたので、孤立することもなく気分は上々。大きな演奏会場なのでスペースもゆったり。主催者の皆さん、お世話さまでした。子羊まる焼きもサンマ汁もとても美味しかったです、ありがとうございます。で、この写真は隣接した建物の板の間で、練習に余念のない東北大ブルーグラスの若い衆。今回は40人ほど来ているらしい。かつて学生だったワタクシたちと少しばかり先輩の方々が、アメリカのカントリー・ジェントルマンや、フラット&スクラッグスのCopyを演りだした、初期の頃から一度は衰退、しばらくはマニアックなおじさんの道楽と思われていたが、今やたくさんの若い人たちが興味を示してくれている。何よりもすんごく上手だ。幼いころから日常的に音楽を聴いているからだろうか。ワタクシが幼い頃にラヂオで聴いていたのは、橋幸夫、舟木一夫という純国産の歌い手さんだった。


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