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2019年1月

2019年1月17日 (木)

神奈/大磯・左義長

Photo知ってる人は知ってる、日本で広く行われている民間習俗「左義長」。「どんど焼き」と言えば、「ああ、そのことか」とみんな言うだろう。語源は平安時代の正月に、棒と毬で遊んだ「毬杖(ぎっちょう)」で、由来は三本の棒を組んだ上で煮炊きをして、一年の五穀豊穣や無病息災を祈ったことではないかと言われている。各地でいろいろな呼び名があり、習わしも様々なのだけど、大磯のものは国の重要無形民俗文化財になっていて、セエノカミ(道祖神)、ヤンナゴッコ、おんべ竹など、当時の呼称も今に残る、貴重な火祭りであります。学生時代から左義長という言葉は知っていたけど、こんな近くにそれが残っていると知ったのは、ほんの10年ほど前のこと。新年の挨拶まわりなどでバタバタしていて、気がつくと終わってしまっていたので、今年1月13日(日)が初体験。夜空に舞い上がる、9つのセエトの火の粉はとても美しく、周りを取り囲むいきいきとした人々は、かつて地域の繋がりが強かった、古き良き時代にタイムスリップしたようだった。が、そのほかの感想はと聞かれれば、「砂浜で待つのはむちゃんこ寒い」である。

2019年1月16日 (水)

新年、初ライブ!

Rtp1ベース弾きが亡くなって初のライブ!って、何だかヘンだけど、まあ、そういう状況になってしまった1月10日。すぐに代わりは見つからないので、知り合いの天台宗の坊さんに代わりを頼んだ。彼はワタクシ最初のバンド「クイーン」の時のベーシスト。こういうのを業界用語で"トラ"と言うのだけど、ワタクシ最初は「虎の威を借る」で、上手なヒトに代理をお願いすることだと思っていたら、「エキストラ」のトラという意味だと、後年になって知った。追悼歌として「Who Will Sing For Me」(誰が"死にゆく"私に讃美歌を歌ってくれるのですか?)という、ゴスペルを歌ったのだけど、後で考えたら、天台宗のベーシストと、無宗派のワタクシが、米国のゴスペルソングを、神道で弔いをしたベーシストに歌を捧げたことに気がついた。ははは!らしくていいじゃないの。
(写真は楽器職人"夢弦堂Nさんに撮っていただきました、Thanks!)

2019年1月15日 (火)

神奈/湘南七福神めぐり

Photo4日は昨年急逝したベース弾きの通夜。神道では死ぬと家の守護神になるそうだ。待ち40分で玉串奉奠1分という、直会もないあっさりしたお別れだった。で、翌5日も神サマである。こちらは「湘南七福神バスツアー」。参拝とともに一つずつ福神さま(福顔と呼ぶ)を購入しつつ巡るのだけど、初春に全部揃えるコンプリート感が、とても魅力的で楽しい。7か所目となった「毘沙門天/仙光院」には"ぼけ封じ観音"もあって、皆さん一生懸命ご祈願。さて帰ろうとすると、社務所に御朱印帳が1冊残っているとのこと。運転手から車内客に聞いてもらったが該当者なし。念のため確認するとウチのお客さんの名前が。仕方なくバスへ戻って渡すと、「さっきボケ防止拝んだばかりなのに…」と落ち込んでしまった。誰かが「効能は3か月後からだそうです」と言って、笑いでその場は収まったのだけど、皆さんが下車した最終帰着地で車内を確認すると、今度は座席足元に食パンが。位置からすると御朱印帳と同一人物らしいので、帰宅して電話すると「あ…」。まあ、3か月待ってみましょうと。

2019年1月11日 (金)

2019年.今年の始まり

Photo気がつけば松の内も鏡割も過ぎ、はや世の中はいつもの毎日に戻りつつある。元日と2日はともかく、3日は当宅でバンドのギター、フィドル弾きと新曲の音合わせで盛りあがり、4日が昨年末亡くなったベース弾きの通夜で、5日は湘南七福神の添乗と、なかなかのジェットコースターだった。7日にもちょっとした決断をしたこともあってか、今年の正月は何だか疲れた。で、心が疲れた時は読書がイチバン。昨年にワタクシは無宗教と書いたのだけど、本来は特定無宗派というべきなのかもしれない。学生時代に人文地理を学んだ身としては、”宗教学”が内包する"哲学"と"民俗学”の部分にも興味があって、今この「南直哉」というヒトの本を読んだりしている。小児ぜんそくで死ぬ思いをしたことなどは、ワタクシも同じで共感するところも多いのだ。「宗教はどうしたら人々を救えるのか」ではなく、「人々はなぜ宗教を求めるのか」と言う視点が面白い。写真下の3冊はわかりやすいが、上の「超越と実存」は相当難解だ。買ってから2週間経つが、まだ三分の一で頁を行きつ戻りつしている。さて、読み終えたら「本当の自分」が見つかるだろうか。

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