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2018年12月

2018年12月30日 (日)

忘年会FINAL 深+

18122912/29 いろいろあった今年の宴会も呑み納め。新宿ゴールデン街「深夜+1」の忘年会に参加。かつてはダンドる側だったけれど、爺いとなった今はお客さんで甘えさせてもらう。顔ぶれもサマ替わりしていて、参加者30名ほどのうち、日冒協時代からの顔見知りは3分の1くらい。映画の製作に、配給に。海外でバイオリン奏者として。才能あるさまざまな若い衆を見ていると、老いた身としては羨ましくもあり寂しくもあり。この酒場に通い続ける若者は、昔から目標を語り、個性と才能あるヒトが多かった。ワタクシは数少ない凡才の一人。だからこそ楽しい場所なのかもしれない。尊敬する高田純次センセーの、「歳をとってやっちゃいけないのが"説教と昔話と自慢話"」という名言。心に留めてはいるのだけど、気がつくとイイ気になって話してる自分がいてがっかり。後悔はなかったけど、反省はたくさんしたこの一年。

2018年12月25日 (火)

エレベとアンプ

Photo9.10.11月.のみっしり余波は、12月になっても後始末が続いていて、先日やっと会計事務所に、10月までの出納帳と年末調整の書類を送ったような始末で、とりたててブログに載せるような話題もないから、X'masでウキウキ呑んで、あとは年末までのんびりと思っていたら、昨日とんでもない知らせが来たのだった。「亡くなったよ」と電話口でバンドリーダーが言うので、ただただ茫然としてしまい「あ、そうなんですか」と間の抜けた返事しかできなかった。長いこと一緒に演ってきたベース弾きが、空の上に逝ってしまったようだ。昨日の今日のことなので、今もまだ実感がない。先月、ワタクシ宅で練習後に呑み会となり、「帰るのに重いから」と言って置いてった、エレキベースとアンプがあるからだろうか。ブルーグラスのベーシストは少ないので、あちこちから声がかかる。彼もいくつかを掛け持ちしていたが、どれも楽しいバンド活動だっただろう。現実の受入れは正月明けのお弔いまで持ち越しのようだ。気になって楽器を出してみたが、どうすんだこれ…形見になっちゃったじゃないか。

2018年12月 9日 (日)

欲張りパンジー

Photo先週、駅前商店街の街路樹下76基に、パンジーを10株ずつ植える作業をしたのだけど、終わってみたら大量の余りが出てしまい、「数勘定は合ってるはず???」と首をかしげる事態に。理由は、この春から商店街通りに面していない店舗には、不公平の是正案として、プランターに植えた花(サルビア)を配布したのだが、この夏の猛暑で枯らしてしまい、「世話ができないので今回から不要」というところが続出したためだった。「一日おきでも水さえあげれば、ふつうは枯れないよ」とはこちらの論理。メンドーなものはやっぱりメンドーなのだ。と言うことで止せばいいのに、欲をかいて余剰の3ケースを無料ゲット。「やったー!」と叫んでから10日、まだこのざまである。昨日、なんとか店舗階段用に7鉢作ったところで、至急の行程・見積もり依頼がきて作業は中断。で、今もこのまんまである。今日はこれから小平でバンド練習だ。まあ、水さえやってれば枯れないとは思うけど…いささか持て余している。

2018年12月 6日 (木)

岡山/備中・城址巡り

Photo_212/2-3 そのスジの皆さんと、岡山の城めぐりをしてきました。まずは当時のまま現存する12天守閣のうち、最も高所(標高430m)に残る「備中松山城」(左上)へ。天然の岩盤上に、石垣を築いて造られた二重櫓から、奥の天守閣を望む構図が、とても山城らしくてワタクシのお気に入りです。で、次はご存知の方も多い、秀吉の水攻めと、中国大返しで有名になった「備中高松城」(左下)へご案内。あまりのペッタンコさに、皆さん「こんなに両極端とは思わなかった」と。そして3つ目は古代の山城「鬼ノ城」へ(右上)。桃太郎伝説発祥の地と言われ、大和朝廷の頃に造られたとされる神籠式山城で、礎石などは残っているものの、誰がいつ何のために造ったのか、まったく記録がない謎の城跡です。山肌の紅葉がとても素晴らしかったのですが、ほとんどの方がもう足に来ていて、ここまで到達したのはわずか4名ほど。残念!絶景を見逃しましたねえ。そして2日目はわずかに雨模様、しっとり風情ある後楽園からの岡山城です。もちろん登城もしましたが、エレベーターがあるとわかって皆さんひと言、「あ、それなら上る」。

2018年12月 5日 (水)

お十夜双盤念仏と御詠歌

Photo地元、上市ヶ尾・地蔵堂で行われた、先祖供養「お十夜双盤念仏」へ、4年ぶりのお伺い。毎年この雰囲気を味わいたい?けど、11月30日と決まっているので、仕事が被ってしまうことが多く、不参加年が多いのが残念。もっともワタクシの母は、「頼るは自分のみ、人間は死んだら仕舞」と言い切るヒトだったので、仏教に帰依することもなく、ために未だ我が家には先祖の仏壇や、母の位牌や戒名もありません…閑話休題。その昔は十日十夜に渡って「南無阿弥陀仏」と唱えた、ご先祖供養だったようですが、だんだん短くなって一日になったようです。またこの地蔵堂には、関東地域で広く信仰されていた、背負われて近在家々を順繰りに居候する(その家の御祈願のために)、「背負い地蔵」の仏壇も現存しています。さすがに現物の掲載は躊躇われたので、その下にあった記事を載せました。ガムランに似た鐘盤と太鼓の響き、長く伸ばす御詠歌(仏の教えを和歌調にしたもの)独特の音調は、何度聴いても素晴らしいです。ま、ワタクシも無宗教なんですけどね…。

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