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2018年4月

2018年4月28日 (土)

没後200年/伊能忠敬の日本図

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地理を学び、旅先案内を生業とするワタクシにとって、ぐうぐるびゅうもスマホもない江戸時代に、56歳から17年の歳月をかけて実測日本図を完成させた、「伊能忠敬」は心の師であります。千葉九十九里に生まれ、佐原の酒造・伊能家の入婿となった後49歳で隠居。それから天文と暦学を学び、「地球の大きさを知りたい」がため、幕府測量隊として日本を歩き(73歳で亡くなった後は門人が引き継いだ)、完成させたのが、大図214枚、中図8枚、小図3枚からなる「大日本沿海輿全図」だ。本日はそれをスクリーンで「もうちょっと詳しく見てみようじゃないか」という、企画展(4/25-7/1)が面白そうだったので行ってきた。と言うのもワタクシ「新・平成の伊能忠敬」という、日本を一周する万歩計を使っていて、こちらは江戸をスタートして早や5年と9ヶ月。本日、上野・浅草を歩いた結果、現在やっと能登の和倉温泉付近を歩測中だ。江戸への戻りがいつになるかわからないけど、結願の日にどういう画像が出るのか楽しみ。ここまで来たのだ!ぜひその日まで壊れないでいて欲しい。

2018年4月27日 (金)

神奈/小峯御鐘ノ台大堀切東堀

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「こみねおかねのだいおおほりきりひがしぼり」と読む、小田原北条氏四代氏政と、五代氏直が、豊臣秀吉の攻撃に備えて築いた、城下町小田原全体を囲む全長9kmの「惣構(そうがまえ)」。その巨大な堀切と土塁の一部を、次回、城址巡りの下見で歩いてきた。この周辺にはこうした遺構がいくつも残っている。掘り下げた土を両側に土塁として積み上げた竪堀は、延長280m、上幅25~30m、深さ12m~15m、のり面斜度50~60度で、途中にダムのような仕切りを設けた、堂々たる「障子堀」だったそうだ。時が経ちかなり浅くはなったが、整備されて今にこの堀切を歩くことができるのは素晴らしい。2月に実施した「三浦半島・後北条氏ゆかりの城址」の総集編として、攻める豊臣秀吉側が陣を張った「石垣山一夜城址」、標高540mの「三島・山中城址」とともに、たこつぼ会員限定で10月に実施予定。

2018年4月22日 (日)

健康なかいち散歩

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昨年の地元自治会で、あまりお金を掛けないイベントとして、スタンプウォークを提案したまでは良かったが、なにせフツーに住まう方々なので、今ひとつ全体像が伝わらないままで監督を続けていたら、商売レベルの仕事量となってしまいぐったり疲れた、自治会エリアの一周企画「健康なかいち散歩」。今年の4/22(日)は昨年を知る会長と副会長に、データをまるまる渡して、機材準備とBGM担当のみとなったワタクシ。やっぱり全然ラクチン~!とはいえ、抜釘10日目で気にしながらの機材運搬に加え、暑さと日差しが思いのほかキツく、ホータイを巻いた左手首がチョコバニラ焼けした。田園都市線の開通で、山が住宅地になって約45年。当時の移住者も高齢となり、なんとこの青葉区がニッポン男性長寿一位になったそうだ。こうなると次世代を担う若いファミリーへの期待は大きい。いずれ爺婆ジモティの面倒を…。

2018年4月16日 (月)

BYRD'S GRILL/Dicky北農バンド

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「都筑区のセンター北にできたByrd's Grillという店に、ディッキー北農バンドを聴きに行きませんか」と、無沙汰をしていたYサンからのお誘いで、久しぶりにカントリーを聴きに出かけた。1980年代その昔、渋谷道玄坂にあった「アスペン・グロウ」という店で演奏していたバンドのひとつ「サムシング・ファイン」。イーグルスやジャクソン・ブラウン、ドゥービー・ブラザーズなどの曲を演奏していて、年頃の若者たちの憧れだった。もう若くはなかったワタクシもその一人で、メンバーはNサン、Mサン、北農サン。が、その後、アスペンのオーナーIサン、親しい友人となったMサン、リーダーだったNサンと、若くして次々とメンバーが亡くなり、一人残った北農サン。今ではブルーグラス、カントリー、ウェストコーストと、マルチな音楽プレーヤーとなり、感性・才能+人柄の良さもあって、彼のライブはどこでも満席!行ってみるとお客さんも旧知のヒトが多く、2月に開店したばかりのこの店のオーナーも、地元で30年来の旧知だったりして、居心地が良いような、今ひとつ落ち着かないような…。今までの市ヶ尾BOVや、たまプラTRDと違い、ちゃんとステージがあるし、センター北駅の目の前(下?)なので、今後のライブが楽しみなお店ではある。

2018年4月11日 (水)

抜釘(ばってい)

18battei昨年12月にやらかした手首の骨折。地元整形外科のセンセから、「ギプスだと気を使いながらで6か月、でも治療費は安い。金属入れる手術だと10日で普通に使える、けどそこそこの費用。どうする、仕事で手はよく使うの?」と聞かれ、「いや、使わないです」と答えた(ケチなのでギプスで治そうと思った)のだが、「あっ、でも楽器を弾きます」と言うと、「はい、手術」と、即決で紹介状を書いてくれたのだった。あれからちょうど4か月。入れたままの人も多いそうだが、後年、神経や腱に干渉がでた場合、骨に埋もれていると除去は大手術と聞き、再度、月曜から2泊入院して、とっとと「抜釘」してきた。一般的には半年から1年後らしいが、ワタクシの場合、カルシウムの修復状況が良好で早いOKとなったようだ。写真は手の甲側からで、金属は手のひら側にネジ止めされている。材質はチタンなので、出入国で金属探知機は鳴らなかった。なにはともあれ、抜釘の穴に骨が詰まるまで、しばらく壁ドンは出来ない。

2018年4月 2日 (月)

本/義経号、北溟を疾る

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毎年、桜の季節に、100名超の会員が熱海に集まり、大賞の発表で朝まで呑んだくれていた、「日本冒険小説協会」の全国大会。本や映画、落語に芝居。楽しい話はなんでもアリの大宴会も、会長の内藤陳サンが亡くなり、解散・終宴から早や6年経過。昨年、当時の運営メンバー有志で墓参に行き、久しぶりに熱海へもということになった。お宿の営業マンに頼んで、当時と同じ部屋を使わせてもらったが、フロントマンから仲居サンまで、懐かしい顔が挨拶に来てくれて感涙。翌日は在住の御歳85「辻 真先」先生がお出ましになってくださり、行きつけの小料理店で昼食をご一緒。すっかり高揚してしまい、前夜の酒が抜けていないのに、生ビールと熱燗2合を一人で呑んでヘロヘロに。「先生っ、"弁慶号、北溟を疾る"読ませていただきました。たいへん面白かったですっ!」と申し上げると、一瞬「?」という顔をされたあと、笑顔で「あと2作ほど執筆中なので、また読んでください」と。しかしこの冒険活劇推理小説は、ヨイショでなく本当に面白かった。登場するキャラ設定が見事でわくわくの一気読み。で、帰宅して改めて本を手に取って、「あ、弁慶号じゃなくて、義経号…」と気がついた。おお、恥ずかしい。

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