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2018年3月

2018年3月24日 (土)

神奈/八冨士見たか登ったか

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春分の日の降雪で、すわ雪山登山になるか!と心配した、23日の「八冨士、見たか、登ったか」バスツアー。出発時の曇天も午後には晴天となり、全員が八冨士登山の大願成就、無事に六根清浄(眼・耳・鼻・舌・身・意が修行の功徳で清らかになること)となった。江戸時代に大流行した富士山を崇拝する「富士講」。それに伴って造られた「富士塚」は、横浜市内だけで大小とりまぜ5~60基ほどあるという。今回はその中からちゃんと登頂できる、八つの富士山(富士塚)、「三保」「岡津」「西谷」「羽沢」「熊野堂」「池辺」「川和」「山田」を巡ったのだけど、小さいながらも足場の悪いところが多く、思ったより足腰に響いた。写真は熊野堂冨士山麓に、タイミングばっちぐーで咲いていた枝垂れ桜と、こういう洒落をわかって参加してくれた下山中の皆さん。

2018年3月14日 (水)

埼玉/首都圏外郭放水路

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ここは埼玉県春日部市にある、「首都圏外郭放水路」の地下施設「調圧水槽」の中。防災を学ぶバス研修のご一緒仕事。この構図の写真は、すでにたくさん紹介されているので、他のアングルでと思っていたが、やっぱりこれしか撮りようがなかった。地元の鶴見川にも同様の施設で、「恩廻公園調節地」というのがあるのだけど、ずいぶんと規模が違う。こちらは「荒川、利根川、江戸川」という、名だたる大河の真ん中に位置するのだから、当然ではあるのだけど。まずトンネルが600mと6.3kmでほぼ10倍。貯水量は11万㎥と67万㎥で6倍。越流を落とし込む立坑の直径も3倍くらいありそうだ。いったん稼働すると、排水から掃除で3~4日は見学不可になるとのこと。数日前の豪雨であと10cm増水していたら、今日の見学は中止だったらしい。ゾっとする話だ。

2018年3月10日 (土)

アートフェア東京 2018

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今年も18:30から仕舞までの90分だけ入場できる、日時限定500円ナイトパスで「アートフェア東京」へ。いろいろなギャラリーいち押し作家さんの展示&販売は、めっちゃ素晴らしく、楽しい。「あ、これ欲しい」と思うものの、もとより原資などはないので、「これは買うとしたら○○万くらいだな」と、心の中で算盤をはじいてみるのだけど、小さく記載されている値段を見ると、たいていケタが一つ違っている。このフェアを知る初めになった「ギャラリー玉英/野口哲哉さん」 http://gyokuei.tokyo/  の他に、今回「お!これはイイね」と気になった作家は、色使いが素敵だった「KUNIMATSU 青山/毛利美穂さん」 http://www.gka.tokyo/past.html と、「秋華堂/中原亜梨沙さん」 http://arisa-nakahara.s2.weblife.me/ 。そして他の作品も見ることができて楽しかった、"せんとくん"で有名な「Y's Gallery/薮内佐斗司さん」 http://ysgallery.jp/work/ など。ワタクシ実は赤緑色弱なので、色を正確に識別できてはいないと思うのだけど、それでも対比の美しさや、微妙な色使いに、うっとり見とれることはあるのです。

2018年3月 5日 (月)

カンボ-2/プノンペン・Pol Pot

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1975年4月からの3年8ヶ月、ポル・ポト政権(クメール・ルージュ)は、知的労働者のほとんどを反革命分子とみなし、高校だった建物を、尋問と拷問の施設(トゥール・スレン刑務所)としたのだった。現在は当時を知る博物館となっているが、公開されている写真・展示物は、日本では間違いなく一発アウトのものばかり。当然ながらブログにも載せられない。尋問、拷問、独房、雑居、4棟の見学は精神的にかなり疲れた。記録に残るだけで2万人が収容されたが、生還は8人のみ。撤退する際には秘密を守るため、管理していた14人も殺害したとされその墓も残る。ここから移送されての虐殺地は、カンボジアに300ヶ所ほどあり、そのうちの一つが、「キリング・フィールド」として保存・公開されている。フラットな林間地には500名ほどの一括埋葬穴が無数に並び、掘り出された一部の頭骨約9,000柱が、四方ガラス張りの慰霊塔に収容され、ぽっかり空いた二つの目が訪れる人々を見つめている。大人もこどもも容赦なしだったようだ。とにかく重すぎる2か所の見学。ぐったり×3。

カンボ-1/サンボ-・プレイ・クック

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種子島に「てっぱう」が伝来した1540年頃に、カンボジアから日本に持ち込まれた、故郷の呼称そのまんまのかぼちゃ」。今さらながらその空耳由来名に笑ってしまう。すっかり有名になった世界遺産「アンコール・ワット」は、西暦で890年頃の造営だけど、昨年7月にカンボジア3つ目の世界遺産となった、この「サンボー・プレイ・クック」はさらに古く、日本の法隆寺と同時代の620年頃造営と考えられている。ざっと1400年前の遺跡だ。崩壊が進んでいるとはいえ、焼レンガと漆喰の驚異的な耐久性には驚くばかり。6×4kmのエリアに塔頭約60基、アンコール同様、曼荼羅を意識した仏塔配置なのだろうけど、「夢殿」と同じ八角堂がある点や、欧州美術に見られるグリフォンが支える「空飛ぶ宮殿」など、その造形、美術様式で大きく異なる点が興味深い。しかしながら隣り合うベトナム、タイ、ミャンマー(ビルマ)との、闘いの歴史は悲しく残念。先日の、油壺新井城で最後を遂げた、三浦導寸辞世の句「討つ者も 討たれる者も かわらけよ(土器)よ、くだけて後はもとの土くれ」を思い出しながらの2時間。

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