2018年8月12日 (日)

映画/カメラを止めるな

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「ベトナムセミナー」を、新橋で14:00~16:00という、ナイスな場所と時間で催してくれたことに、とても感謝している。それは今、話題の映画「カメラを止めるな」を、やっと観られたからです。「ものすごく面白いけど、何も話せない」という、ウワサだけを聞いて悶々としていたので、TOHOシネマ日比谷16:50からの上映は、とてもバッチグーだった。セミナー中も「ああ、早く観たい」と集中力はまるでなし。で、実際に観て「確かにとにかく観てしか言えない」と納得。それにしても監督の上田さんという方は素晴らしい。大拍手ぱちぱちぱち!もうこの手は出尽くしたと思ってたけど、知恵と思いがあれば、まだ傑作が作れるのだね。その破壊力については、すでにあちこち載っているのでそちらにお任せ。でも観る前に余計な知識を入れないで、まだ旬の今、白紙の状態で映画館で観ることをお勧めしたい。

2018年8月 1日 (水)

荏原町界隈・銭湯めぐり

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小・中学校時代を過ごした、中延・荏原町・旗の台界隈。今でも当時からのお店が数軒残っていて、とても昭和チックなエリアだが、品川区には銭湯がまだ25軒ほど稼働していて、数年前に同窓会幹事を手伝うようになってから、荏原町での夜の会合前に時間が取れる時は、銭湯巡りを楽しむことにしている。と言っても風呂あがりのビールが旨い距離となると、そう遠くへ行く訳にもいかず、今のところこの4軒をぐるぐる。左上から右回りに、旗の台「新生湯」、中延「星の湯」、旗の台「中延記念湯」、荏原町「八幡温泉」。どこにでも無料のシャンプーとソープはあるので、手ぬぐい一丁あれば460円でほっこり天国だ(中延記念湯は手ぬぐいも無料貸与)。先日もパンツ一丁で扇風機にあたりながら、品川区の小山台vs二松学舎の高校野球を観戦。慌ただしい毎日だけど、少しだけゆっくりと時間が過ぎている気がした。

2018年7月23日 (月)

18市ヶ尾サマーふえすてぃばる2

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ぇすてぃばる二日目、7/22(日)はオージン・バンドで演奏。ステージに上がるのは、1/16の銀座ロッキートップ以来で半年ぶり。このお年頃ともなるとみんないろいろワケアリで、全員集合とならないことが多く、まあ仕方のないところだが、近頃はやっと落ち着いてきた感もあるので、「今後はもう少し活動したい」とは切なる思い。写真はジモトのSさんに撮っていただいた。たぶんワタクシが失敗じったところかと。ブルーグラスという音楽は、歌と楽器のソロが次々と入れ替わるので、集中力が「ふっ」と切れるとやらかす。前々回は孫が来ているのを見て動揺、歌詞を間違えた。今回は歌っているとき真ん前に、「トラベルカイト」の提灯があるのを見てしまい、「お、良いところにあるじゃーん」と、一瞬思ったらコーラスに入り損ねた。まったくもって油断も隙もない音楽であるが、まずは己の修行が足りんのだ。

18市ヶ尾サマーふぇすてぃばる1

Ichigaofes1

7/21(土)・22(日)、今年も地元商店街の夏フェスが終了。ワタクシが携るようになってから早や十ん年。当初は「はい終わり~」と言ってたが、今では「やっと終わった~」に。それでも少ない役員(ほぼ5~6人)で、さまざまなことでモメながら、昔からの盆踊りスタイルのまつりを、今のステージ型へ変えてきた今、「なんとかなるもんだ」というのが正直な感想。今さらながら個店オーナーさんは「一国一城の主」。自分の感性で生き抜いているから、着地点は同じでも、方法論はそれぞれ異なるのだ。会社組織で働いていたワタクシは、これに慣れるまで、あちこちに毒を吐いてたものだが、近頃はやっと「ははあ、この釘を打つと、あすこが出っぱっちまうのか」ということが、朧気ながらわかるようになった。この写真を見て、「年寄りが多い町から、若い家族、子どもが多い町に変りつつあるなあ」と、嬉しく思うようにもなった。

2018年7月11日 (水)

江口寿史イラストレーション展

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友人YさんのFBで知った、「江口寿史イレストレーション展」。ちょうど新橋の歯医者に行くことになっていたので、有楽町まで足を延ばした。江口寿史サンという漫画家/イラストレーターが描く女の娘を見ると、恥ずかしながら、今でも胸にキュンと来る。年甲斐もなくヒトコトで言えば、「カワイイ」ということなのだけど、オンナの娘から女性になる、短いお年頃時代に見せる、口元、視線、首の傾げ、手、指、膝、足首、肩、カラダの捻り具合、さらにはブラウスのボタンのはずし具合…etc、ほんの一瞬に垣間見せる、「カワイイ」を描くことのできる、感性と才能を持った稀有なアーティストだと思うのです。鉛筆デッサン画の段階であちこちに見られた、そうしたキュン死ポイントが、色がのってイラスト画になると、凝縮されて落ちつくなあと感じたりで、たびたび、じーっと魅入ってしまった。来場者はそれっぽいオタクが多いのかと思っていたが、半分以上が女性だったのはちょっと意外。

2018年7月 8日 (日)

バブルオーバーで北農バンド

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先月のリリーピッキンで会った北農サン曰く、「来月5日にバブルで演るよ」と。折しも友人KAから、「娘とその友達がブルーグラスを聞きたいと言ってる」と聞いていたので、一家を誘って久しぶりにウチから徒歩5分の、アメリカンスタイルパブ?「バブル・オーバー」へ。以前のByrds Cafeのブログに記した、「サムシング・ファイン」というバンドをここに紹介したン十年前。たぶんワタクシ30歳だったが、メンバーから呼び出しがあると、ウチからここまでスケボーで来ていた。ああ、馬鹿だ、けど懐かしい思い出。さすがにうちで晩酌をする年頃になって、こういう機会でもないと来なくなった。「来年あたりオージンバンドで出てみようかしらん」と思ったりもする。が、問題は客が来るかである。「キタノバンド」とは知名度も、腕前でも格段の差があることは、自分がよーくわかっている。

2018年7月 7日 (土)

インドネシア-3/バリ島・ウブド

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バリ島には3回来ているけど、お泊りはクタ、レギャン、サヌールとビーチ沿いばかり。キンタマーニ観光の途中で立ち寄っていた、芸術の村「ウブド」には、箱根のような鄙びた山あいに、シャレオツな宿がたくさんあって、かつてはさも泊まったことがあるような絶賛ぶりで、ずいぶん送客をしたものだが、あれから30年を経た今日、ワタクシの記憶とはまるで違う村になっていた。小ぎれいなカフェやブランドショップが建ち並び、まるで軽井沢のようだ。たまたま昔を知る現地ガイドだったが、何を聞いても「はい、その頃ここ密林でした」、「はい、ここ泥道でした」、「そうです、そうです、よく憶えてますね」と言うばかりで、まるで浦島太郎に毛が生えた感じ。本来は2泊滞在のはずが1泊になり、ウブド散歩も半日に。もっとゆっくりできれば、今の良いトコロもたくさん発見できたはずと思うと、まことに残念。こんなんなっちゃったけど、でもやっぱりウブドはお薦めです。

インドネシア-2/ジョグジャカルタ

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ボロブドゥールと、プランバナンの遺跡を見学後、デンパサールへ飛ぶはずが、アグン山の噴火煙の風向きが悪くて、空港閉鎖になってしまった。2泊目なので今度は遺跡近くではなく、市街地のホテルに泊まることにして、翌日の午前中は空港に行く13:00まで、王宮や露店マーケット通りを散策。イギリス、オランダと統治が変遷したこともあって、コロニアル風の建物や、昔ながらの風景がまだたくさん残っている古都ジョグジャカルタは、目にする景色すべてがワタクシ好みだった。聞くところによるとバリ島のヒンドゥー文化(同じインドネシアでもバリ島だけは、ヒンドゥー教が多勢を占める)は、その昔、ジャワ島のイスラム勢力が強大になって、王族や僧侶がバリに逃れたからだそうだ。庶民の生活が垣間見える、小さな裏路地もそれほど心配はなさそうだし、何より物価がメチャンコ安かった!いずれゆっくり再訪したい。

インドネシア-1/ボロブドゥール

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およそ50年(と考えられている)をかけて造られたのに、1000年以上ものあいだ、土砂と密林に埋もれていて、1814年に土中から掘り起こされるまで、歴史から消え、人々からも忘れ去られていた、ジャワ島にある世界最大の仏教遺跡です。とにかく謎だらけで、小山のように埋もれていたのは、ムラピ山の噴火埋没によるものとする一方で、土台の土と覆っていた土砂が同じであることから、完成して人為的に埋められたとする説も。建造法も石を積み上げただけで、中にピラミッドのような空間はない。また積み上げる途中で、補強が必要になったらしく、内側に最初の外壁となった基壇が存在していて、現在、この二重構造が一部だけ見られるようになっている。この最下層のレリーフは、煩悩に支配された「欲界」の人間どもで、享楽に対する「因果応報」がテーマらしい。見ると酒を呑んで踊ったりするのもダメなようだが、やっぱり楽しそう。ずっと煩悩に支配されててもいいや。

2018年6月27日 (水)

リリー・ピッキン/尾崎ブラザーズ

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6/24(日)は昨年「朝霧BGFS」とかぶって行けなかった、「リリー・ピッキンパーティ」へ。ウチの最寄り駅からバスで30分、中山の緑公会堂が会場なので、とってもラクチーン。バンドは全部で11。知り合い、友人が演奏する中で「尾崎ブラザーズ」のお二人は見逃せない。マンドリンの弟さんが、数えで86歳、ギターのお兄さんが88歳と、しっかりした滑舌で弟さんがMC。演奏もブレがなく正確な音で、歌声も若々しくてただただ感心するばかり。今日この場にいた演奏者は、ほとんどが「自分もああなれるだろうか」と思ったはずである。パンフレットのコメントに「引退宣言をしてから14年も経ってしまって」とある。ワタクシにもまだまだ伸びしろはある!と自分の励みにしたい。お二人とも元気で、また来年ここで歌声を聴かせて欲しい。

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