2019年7月11日 (木)

滋賀-2/たねや・クラブ ハリエ

Photo_20190711115301 ここは「ラ コリーナ近江八幡」という、バウムクーヘンが有名な菓子舗のフラッグシップ店舗。東京にもたくさん販売店があるので、ご存知の方は多いと思う。ワタクシも「たねや」「クラブ ハリエ]」は知っていたけど、「ここへ行ってみたい」との要望を聞くまでは、単なる菓子メーカーの一つという認識だった。実際に訪れてみて、青空の下のこの施設群には感動さえ覚えた。屋根は天然の芝であり、建物を抜けた向こう側には、稲穂がたなびく緑の広大な庭が広がり、スペースをぜいたくに使った、風景に溶け込んだ菓子種類ごとの専門Shopが点在。こどもが遊ぶ場所もあり、家族連れもカップルにも楽しんでもらおうという、意図がしっかり反映されている。今まで特定の企業施設を、ここで紹介したことなどほとんどないけど、ここは「いやいや~、お見それしました」と、いいだこ平伏。当然ながら混雑も予想どおり。9時開店に合わせて乗り込むも、入口の前にはすでに100人ほどがスタンバイ。1時間後の撤収時にはどこの売り場も大賑わいだった。このあとは琵琶湖沿いを北に向かい、"ひこにゃん"の「彦根城」へ。

岐阜-1/関ケ原古戦場

Photo_20190711110901  6/2にテレ朝で放送された、岡田准一(石田三成役)主演「関ケ原」を見たばかりなので、ここ笹尾山の「石田三成陣地跡」から関ケ原を見渡すと、何とも言えない満足感がじわじわと。しかし正直な感想は「狭いっ!」、もっと広大な地域で行われたと思っていた。現在の関ケ原町全体の人口は約7,000人弱。それが関ケ原の合戦では東軍西軍合わせ15万からの兵が、ここにウジャウジャと終結してたわけで、想像してたのとちょっと違った。一応、徳川家康後陣跡と激戦地の碑は見たけれど、家康初陣の桃配山とか宇喜多秀家陣の南天満山とかにも行ってみたかった…。一人で来てたならチャリで回って、少なくとも半日はぐるぐるしたい。午後は近江八幡、織田信長の「安土城跡」へ。平山城の安土山(199m)なれど、天主跡までの石段は、昔ながらのよくあるワルツ型。ん・ちゃっちゃ、ん・ちゃっちゃの、中途半端な幅でやたらと疲れるタイプだが、野面積の石垣もたっぷり堪能できてなんのその。

2019年6月30日 (日)

長野/伊那から木曽へ

Photo_20190630220701 梅雨のさなか珍しく晴れた6/26と、傘がいるかいらないか程度の27。地元マダムの皆さんと、伊那・駒ヶ根から権兵衛トンネルを抜けて木曽・奈良井をまわるご一緒仕事へ。3か月前のコースと初日はほぼ同じだけど、「宝積山・光前寺」のヒカリゴケはこの時期しか見られない貴重なもの。自ら光るのではなく、半球体の組織がわずかな光を反射させるのだそうで、蛍光塗料のようにぼうっと見える感じ。翌日は2006年に開通した権兵衛トンネルで木曽・奈良井宿へ。その昔、ワタクシは高校3年生の時に友人3人と、まだ徒歩でしか山越えできなかったこの権兵衛峠(1522m)を、五万分の一の地図を便りに、峠でテント泊して木曽まで歩いたことがあるのです。当時はまるまる2日かかった距離が、今では20分で行かれるようになりました。そして歩いてたどり着いた昭和48年の奈良井宿は、舗装もなくてまんま江戸時代でした。今では海外からの旅行者も多く訪れる観光地ですが。でも今も住まう皆さん、商う皆さんともに純朴で、妙にあか抜けないところが、とても良い素敵な宿場町です。

2019年6月23日 (日)

映画/バジュランギとパッドマン

Photo_20190623193801 "滂沱の涙" その昔、ワタクシの読書の神サマが、まだ地上にあれせられた時に良く使っていた表現だ。忙しくて見逃がしていた素敵なインド映画、「バジュランギおじさんと、小さな迷子」&「パッドマン」を、早稲田松竹で6/22(土)から2本立てで上映と聞き、さっそく観に行った。で、ボウダの涙。整理券を受け取ったのが11:30、上映開始12:30でもう立ち見。長尺のインド映画2本なので、映画館を出たのは18:00。トイレは少し辛かったけれど、ここ数週間のストレス一掃の6時間半だった!。倫理・常識なんのその、ああ!またこの手かと、わかっちゃいるのに水戸黄門。すっかり入り込んでしまう、インド映画の魅力はあいかわらず。「バジュランギ」は今も絶えない宗教戦争と心の優しさについて、「パッドマン」はタブーと人を思いやる優しさを考させてくれた。バジュランギの正直さに折れる、立ちふさがった人たち。思いを自分の言葉で演説したパッドマン。どちらも笑って泣けた感動の映画だった。

2019年6月22日 (土)

19.朝霧BG.ピッキンパーティ

19_20190622201701 2週連続で道楽音楽イベント「6/15-16.朝霧ブルーグラスFES'」へ進出。当初は今週末も「北陸BGフェス」へ行くつもりでいたのだけど、ちょっと仕事量がやばくなりそうな気がして取りヤメ。結果は止めといてヨカッタ! で今回、自分たちの演奏はもう今さらなので、夜豪雨と翌朝晴の対比写真にしてみた。ゲストバンド「きつねのトンプソン」の演奏が終わって、心の冷たいワタクシは、その後の友人たちを聴かずコテージへ戻ったら、そこは風雨でイスやモノがすっ飛んでいて…誰もいないゴーストタウンだった。仕方なく椅子やら食器やらを片付けたものの、また戻るのもちょっとメンドーだったので、独り呑みながら風雨を味わうこと20分。その頃にはもうピークを過ぎていて、帰ってきた皆の衆のおコトバが「あー、片づけてくれたの!どーもどーも」である。でもって、たいていそうなる翌朝のピーカン!これはみんな朝ぼらけ、朝7時頃の様子。で、ゲストバンド「きつねのトンプソン」。がりがりのブルーグラスも良いけれど、こうした古くて新しい、「ラグタイム」と呼ばれる演奏にも心を魅かれます。ところでベース弾きのTサンは、元ジンバンドで、住まいもお近くの鷺沼に。時々、車で送っていただき「あざーっす!」

「きつねのトンプソン」
https://ja-jp.facebook.com/thompsonthefox/

2019年6月13日 (木)

19.世附ピッキンパーティ

Shara 昨秋と同じような日中まあまあ、夜は雨降りという天候だった6/8(土)-9(日)。楽器製作者「夢弦堂」のNサンと、「オージンバンド」Tさんとワタクシ3名で、大井松田ICからR246を走って、丹沢湖の山奥で催された「世附ピッキンパーティ」へあすびに行ってきた。遊びとは言えせっかくなので"にわかバンド"を結成、その名も「夢JIN堂」。この日のトリはバンジョーの啓蒙者/伝道師?の原さとしサン。150年前に作られた(と聞いたような)ナイロン弦バンジョーで、「ミンストレルショー(白人が顔を黒く塗り、楽器を弾いて演劇商売の旅をする)」のハナシから、ペリー来航~ジョン万次郎など、「当時はこんなだったんじゃないかな!?」という、演奏とおハナシで楽しませてくれました。旧知の間柄なのでバンジョー弾き三人。満面の笑みでナイロン弦・木製バンジョー触りまくりの、キョーミ深々という状況であります。で、まもなくこの原さんも出演している映画「WE ARE LITTLE ZOMBIES」 が全国ロードーショーなのだ!

2019年6月10日 (月)

東南アジア4都市セミナー

 Photo_3 ゴールデンウィークが終わり、夏休みの予約・手配が増えるまでわずかのあいだ、各国の現地オペレーターさんがセミナーを開催してくれる。大会社のように「社員の誰かしらは行ったことがある」という体制にない、中小旅行会社にとっては、なかなかにありがたい勉強会。今回は、ベトナム・シンガポール・マレーシア・タイ、の現地スタッフが来日して、有名なシンガポールのホテル「マリーナ・ベイ・サンズ」で、リクエストすべき部屋の方角であるとか、タイ・バンコクでインスタ映えする新しいスポットとかの情報を、画像を使ってレクチャーしてくれた。しかしながら「インスタ映え」の良さがわからないワタクシが、「お、これは面白そうだ」と反応したのは、「インドシナ東西経済回廊」の渋い説明の方。「ベトナム/ダナン~ラオス/サワンナケート~タイ/ピッサヌローク~ミャンマー/ヤンゴン」という横断ルートは、隣り合う民俗性の比較が観光ルートとしても楽しめそうで、とても魅力的に思えたのですよ。行ってみたいなあ。

2019年6月 2日 (日)

You-en Ramblers

Rtp-youen-bros 5/30、S大学ウェスタン音楽研究会OBバンド(ユーエン・ランブラーズ)の皆さんを応援に行く。ライブハウスRocky Topの初舞台。で、アタマ上につけてみた数字は「代」なんですね。当時からシャレオツとは言えない音楽だったので、都内のこの手の大学サークルは、徐々に衰退していったのですが、S大は最後までがんばり、第24代がラストと聞いている。で、まあワタクシもこの一派なワケで、中東の石油大臣みたいなオッサンが同期で第13代です。仕事をしながらだらだらと音楽バンドも続けて来たワタクシ、当初は上から目線で「ロッキーとかに出てみれば」などと、エラソーなことを言っていたのですが、卒業後は音楽を封印して仕事に専念した皆さん、無事定年となった今、OB会を経てバンドを結成。元より音楽センスは良いうえに、練習時間はいっぱいあるので、あれよあれよと言う間に追いつかれました。近頃は会うとワタクシの方が「たまには遊んでくださいよ~」のお愛想を…。

2019年5月25日 (土)

映画「帝銀事件 死刑囚」

19_4 戦後70年の節目に、横浜・川崎の戦争遺跡をテーマにしたバスツアーを実施したことがあって、そのうちの「登戸研究所」(かつての第九陸軍技術研究所)から、当時の建物がそのまま撮影に使われた映画、「帝銀事件 死刑囚」の上映会のお誘いが来たので出向く。戦争中はここで「風船爆弾」「偽札」「怪力殺人光線」といった、SF漫画のような実験・研究が本当に運用もされ、その中に「毒薬」もあった。これは1964年に熊井啓監督デビュー作となった、そういう当時の推測が織り込まれた映画であるのだけど、戦後のこの端境期には柴田哲孝サン著「下山事件」など、同じ臭いを感じさせる迷宮入り事件が多い。この事件では新聞記者と被害者のラブロマンスも生まれているけど、これも事件の一部なのかと疑ってしまう、そんなもやもや感が残る奇妙で重い映画だ。さて、熊井啓監督については思い出があって、その昔、ゴールデン街の深夜+1で呑んで、さて帰ろうとするとドアが開かない。隙間から覗くと誰かが寄り掛かって寝ている。みんなで足で押し出そうということになり、「うりゃー」と足ヂカラでドアを開けると熊井監督だった。酒癖があまりよろしくないのを知っているみんなが、蜘蛛の子を散らすように逃げたのは言うまでもない。

 

2019年5月20日 (月)

横浜環状北西線 工事現場

19_3 暑いくらいの晴天。本日は地元自治会括りでの「横浜環状北西線」工事現場見学会。いずれ料金所となるあたりから上って、現在の横浜青葉インター料金所までの往復約1.2kmを歩く。その昔、ここに横浜青葉IC.が出来ることになった時には、「渋滞や排気ガスで環境が悪くなる」と、近隣住民の署名反対運動が盛り上がったが、出来てしまえばやっぱり便利。あの時に反対した方のなかで、「未だこのインターを使ったことはない」という、一徹頑固者がおられたらぜひ会ってみたい。見学させていただいた北西線は、横浜青葉IC.から第三京浜の横浜港北IC.の区間で約7km。そこから先は2017年の開通ファンランで、8.2kmをぜいぜい言いながら走った横浜北線に繋がる。今までは三浦半島へ行くのに、のろのろ渋滞の保土ヶ谷バイパスを使っていたけれど、第三京浜、湾岸と選択肢が増えて大変ありがたい。トナリを歩いていた方との会話は、「いやあ、免許返上前に走れますねー」「そうですねえ、でも中央道に繋がる道路には、間に合わないかもしれませんよ」「あー、それは残念だ」と言うものだった。

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